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日志

 
 

韓国囲碁界の没落[韩国围棋界的没落]  

2013-07-24 16:13:39|  分类: 社会 |  标签: |举报 |字号 订阅

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1969年に東京で初の韓日囲碁交流戦が開催された。韓国は、チョン チャンヒョンをはじめとする3人の棋士が公式戦3局、親善対局6局を行い、わずか2勝の成績にとどまった。それでも公式戦は、日本が韓国のプライドを考慮し、コミ4目半の互先(たがいせん。ここでは先手が後手に対して4目半のハンデを負うこと)を行った。親善対局では、韓国が黒を持つ定先(じょうせん=実力差がわずかなときのハンデ)や、コミを2目半に減らしての対局を行った。だが3年間で韓国が4勝23敗と大敗し、日本は「得るものなし」と交流戦を止めてしまった。

【1969年,第一届韩日围棋交流赛在日本东京举办。韩国以郑昌衡为首的三名棋手进行了三盘正式比赛,及六盘友谊赛,一共获得了两胜。日本方面考虑到韩国的尊严,正式比赛采用的是分先黑贴四目半的规则,友谊赛则是韩国方面执黑的定先。这个活动一共进行了三年,韩国方面仅仅获得4胜23败的惨淡成绩。日本方面宣布因为“没有什么收获”,停止了交流赛。】

日本の囲碁は、16、17世紀に本因坊をはじめとする四つの家門が激しい対局を繰り広げながら共に成長を遂げていった。棋譜を残すことで何代にもわたって研究が行われ、幕府も棋士たちを支援した。日本は20世紀に入って1990年代初めまで世界の囲碁界を席巻した。88年に台湾の財閥、応昌期が初の国際大会を開こうとしたところ、日本は急きょ富士通杯を創設、先手を打った。日本は富士通杯の初期の5大会で優勝を飾った。

【日本围棋,在16、17世纪以本因坊为首的四大家族互相之间激烈的对局中共同成长起来。很多代人共同研究棋谱,同时幕府对棋士们也有支持。从20世纪初到1990年代初期,日本席卷着世界围棋。1988年,台湾的企业家应昌期准备创办首个世界围棋大赛,日本赶在他之前先创设了富士通杯。并且获得了前五届的冠军。】

2011年に韓国棋院に1通の電文が舞い込んできた。日本棋院の大竹理事長からで、富士通杯の中止を知らせる「文書」だった。日本は、韓国が富士通杯の第6回から第24回までの19回のうち15回も優勝したことに、耐えられなくなったのだ。2005年に韓中日で行われた農心杯で、韓国の最終棋士、イチャンホは中国の3人、日本の2人を下して優勝した。中国のメディアは、李白の古詩「蜀道難」を引用してこれを賞賛した。「一夫関に当たれば万夫開くことできず(一夫当関 万夫莫開)」

【2011年,韩国棋院收到了一封电报,是日本棋院理事长大竹英雄送来的终止富士通杯的文件。韩国棋手在第6届到第24届这19届富士通杯中获得了15次冠军的状况终于让日本无法再忍耐下去了。2005年的农心杯三国擂台赛,韩国主帅李昌镐一人击败了中国3人和日本2人,夺得了冠军。中国媒体引用了李白《蜀道难》中的一句诗“一夫当关,万夫莫开”来赞誉他。】

20年近く全盛期を保ってきた韓国の囲碁界に先月、一大事件が発生した。LG杯?朝鮮日報棋王戦の1、2回戦で韓国棋士の14人が全員敗退し、ベスト8に中国勢6人、日本勢2人が残る展開となったのだ。また、先週北京で開催された第1回夢百合杯のベスト16に残ったのも中国勢13人、韓国勢2人、日本勢1人だった。中国は20年前に韓国を「追い越す」ことを目標に掲げ、囲碁の英才教育を体系的に進めてきた。1990年代以降に生まれた新世代の人材を囲碁界に参入させたのだ。

【全盛期保持了将近20年的韩国围棋界,在2013年6月发生了一件大事。LG杯朝鲜日报棋王战前两轮,韩国的14位棋手全部失利,8强中中国棋手6人,日本棋手2人。前两周在北京开幕的第1届梦百合杯的16强名单中,中国13人,韩国2人,日本1人。20年前,中国举起了“超越韩国”的目标,系统地推进了围棋的英才教育。1990年后出生的新世代人才,已经开始进入围棋界。】

韓国囲碁界の没落は、日本に似ていた。90年代に電子ゲームが日本の青少年を碁盤から遠ざけたように、今韓国の青少年はスマートフォンにのめり込んでいる。即興的で刺激的な感性に浸っている若者が、深く考え何手も先を読まなければならない囲碁を歓迎するわけがない。月が満ちては欠けるように、どのような分野でも競争力が頂点に達すれば、他の国や企業にイニシアチブを奪われるものだ。日本から韓国に、韓国から中国へと移る囲碁覇権の変遷史は「永遠の勝者はいない」という人間の歴史を物語っている。

韩国围棋的没落与日本相似。(上世纪)90年代,电子游戏让日本青少年远离了棋盘,而现在,韩国青少年也沉浸在智能手机中。沉迷于即兴的刺激的感官游戏中的年轻人,不可能欢迎需要深入思考计算很多手的围棋。月满则亏,当一个领域的竞争力达到顶点时,就是被其他国家或者企业夺走的开始。从日本转移到韩国,再从韩国转移到中国的围棋霸权变迁史,证明了“没有永远胜者”的人类历史。 

【所感】围棋如此,代表国势之政治,经济与军事的发展又何尝不类似于此呢?!日本-韩国-中国,在新的一轮竞争中,中国终将成为新三国志中之魏国,必重新全面主导亚州事务。

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